2006年09月04日

甲子園遠征その2

【8月30日】

20060830-1.jpgこの日は、大阪府松原市の母の実家(今回は例外ですが、いつもは甲子園観戦の根城です)に寄り、祖父に線香をあげてから、ここを見ている大半の人には全く興味がないとは思いますが、JR伊丹駅西口にある『有岡城跡(伊丹城跡)』を散策足
元々「伊丹城」だったのを、荒木村重が織田信長の命により「有岡城」と改名。
難攻不落の名城でしたが、村重が信長に謀反し、1年余の籠城の末、落城。
村重謀反の際、信長の部将、羽柴秀吉の軍師、黒田官兵衛孝高(如水)が村重を説得に行き、逆に1年も幽閉されたことで有名。
史跡散策は、ボクの密かな趣味です。


20060830-2.jpg前日と同じ席なので、その辺は省略します。
この日は、箕面自由学園(だったかなexclamation&question)のチアリーダーが試合を盛り上げていましたグッド(上向き矢印)
見ていて、かなりハイレベルなのが分かりました。
トラッキー&ラッキーだけでもいいのですが、やはりチアリーダーのパフォーマンスがあると、より華やかになりますねるんるん

試合は、先制されながら、徐々に追い付き、逆転パンチ
までは良かったのですが、9回「あと1球」から、球児が代打・井上にHRを浴びて同点がく〜(落胆した顔)
両チーム、リリーフ陣の凌ぎ合いの末、12回引分け。

この試合、先発・下柳は7回2失点と役割を果たしていますし、同点HRを打たれた球児も2イニングス目。
以後のリリーフ陣も無失点なので、投手陣は責められません。
対する打撃は、11安打、6四球で3得点なので、単純計算で14残塁。
拙攻と言わざるを得ません。
特に、7回裏1死2塁から、速球派の平井に対して、代打・片岡はないでしょうふらふら
右対右でも、ここは速球に強くて勝負良い町田の方が適任でした…。

しかも、この後、町田を2軍に落として片岡を1軍に残す有様…。
片岡はハッキリともうムリです。
町田はたまにしかないチャンスで、なかなかよく打っています。
この2人のベテランの位置関係は、そろそろハッキリすべきかと思います。

posted by ジュラーイ at 01:19| 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 観戦記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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