2006年09月15日

竜虎対決、関ヶ原!

ついに、天下分け目の戦いパンチ
今日9月15日は、奇しくも『関ヶ原の戦い』当日ですexclamation×2
それなのにTV中継がないちっ(怒った顔)
巨人戦のない日は、野球TV中継がない…そんな時代錯誤をしとらんと、
注目カードを臨機応変に中継せんかいっ!!凸(゚Д゚#)
ってなわけで、横浜に住むボクは、ラジオ観戦ですバッド(下向き矢印)

この試合、分岐点は2回表、無死一塁で鳥谷、カウント2-3の場面。
恐らくは、コントロールの良い中日・先発の憲伸なので、ストライクを投げてくるだろうとの判断から、タイガースはエンドランを敢行。
一塁ランナー濱中がスタートしたものの、鳥谷はボール球を空振りし、三振ゲッツー。
ここから憲伸は完全に波に乗り、鬼神のようなピッチングで、3連敗から立ち直って本来の投球を取り戻してしまいました。

このエンドランが失敗したのは、「慣れ」の問題だと思います。
ここ最近何度か試みていますが、就任からここまで、岡田監督はほとんどエンドランという作戦を採ったことがないので、選手が上手く対応できていません。
確かに、エラー(微妙な判定ですが)で出塁したランナーなので、動くことは間違っていないのですが、バッターは何が何でも最低限ボールにバットを当てなければいけません。
最悪で、アウト1つと引き換えにランナーを2進させる作戦なので。

極端なことを言えば、この辺りの緻密さが中日との差です。
1回裏の中日の攻撃は、1ヒット1エラーで無死ニ塁の場面、2番の井端はニ塁ランナーの荒木を3進させるようなバッティングを心掛けた結果のセンター前タイムリー。
見事に相手のミスを突いています。

それも絡んで、下柳の3失点の内、2失点は守備のミスから生まれています。
初回の赤星、6回の濱中のちょっとしたミスが、ことごとく点に絡んでしまいましたふらふら
下柳はいつも通り粘り強く投げていたので、攻守3つのミスがなければ、接戦になっていたことでしょう。

でも、東軍を中日、西軍をタイガースとして『関ヶ原の戦い』に例えれば、家康四男の松平忠吉が、徳川四天王の一人で義父でもある井伊直政にそそのかされて一番槍を付けたと言ったところでしょう。
史実では、石田三成により名目的に西軍大将とされた毛利軍の両川(※)の、吉川広家の内通、小早川秀秋の裏切りで西軍が敗れましたが、セ・リーグのペナントレースではそんなことはないので、兵力は互角と見ていいでしょう。
要は、どちらが流れをつかむかです。
緒戦は中日が制しましたが、タイガースは安藤、福原と安定した先発投手が続くので、反撃に期待しましょうパンチ


(※)毛利元就の次男・元春が吉川(きっかわ)家、三男・隆景が小早川家を相続し、毛利本家を「川」の字が付く両家が支える体制を採ったので、この両家を「毛利の両川」と呼ぶ。
「関ヶ原の戦い」の時の毛利家の当主は、元就の孫の輝元(実際に出陣したのは、輝元の後継者と目されていた従弟の秀元)、吉川家の当主は元春の三男・広家、小早川家の当主は豊臣秀吉の甥で隆景の養子に入った秀秋。
吉川広家と東軍との間で、「関ヶ原の戦い」で毛利家が動かなければ120万石を安堵するとの約束があったが、家康がそれを無視して約37万石に減俸したため、毛利家は江戸時代約260年間、徳川を恨み続ける。
幕末に倒幕派として暗躍した「長州藩」=毛利家のこと。

ちなみに、元広島の小早川は、秀秋で断絶した小早川家を明治になって毛利家が再興した家の子孫。
歌手の吉川晃司は、吉川家の子孫らしい。
初代総理大臣の伊藤博文も長州出身なら、次期総理大臣候補筆頭の安倍晋三も長州出身。
しかも安倍氏は、政治家三世であるだけでなく、母方の祖父が元首相の岸信介、その弟は苗字は違えどやはり元首相でノーベル平和賞の佐藤栄作。
posted by ジュラーイ at 00:00| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 観戦記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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